遠隔医療を活用した訪問診療・往診支援ガイド:法的位置づけと実務上の留意点
遠隔医療を活用した訪問診療・往診支援の可能性
在宅医療の需要が高まる中、訪問診療や往診は地域医療において重要な役割を担っています。これらの現場では、患者さんの状態が刻々と変化するため、タイムリーな状況把握や多職種との連携が不可欠です。近年、遠隔医療技術は対面診療の補完や効率化の手段として注目されていますが、訪問診療や往診の分野でもその活用が期待されています。
しかし、訪問診療や往診といった対面が基本となる医療行為に遠隔医療をどのように位置づけ、法規制を遵守しながら安全かつ効果的に実施していくかについては、多くの医療従事者が関心を寄せている点かと存じます。
本記事では、遠隔医療を訪問診療・往診の現場で活用する際の法的位置づけ、具体的な活用シーン、そして実務上の留意点について解説いたします。これにより、読者の皆様が遠隔医療を適切に導入・運用し、在宅医療の質向上に繋げる一助となれば幸いです。
遠隔医療と訪問診療・往診の法的位置づけ
訪問診療や往診は、医師が患者さんの居宅等を訪問して行う対面診療が基本です。遠隔医療は、この対面診療を完全に代替するものではなく、主に以下のような形で対面診療を補完するものとして位置づけられます。
1. 対面診療との関係性
厚生労働省が公表する「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(以下、オンライン指針)では、遠隔医療は「情報通信機器を活用した疾病に関する情報のやり取り」と定義されており、対面診療を適切に組み合わせることで、診療の質と安全性を確保することが求められています。訪問診療・往診の文脈においては、遠隔医療は定期的な対面訪問の間や、緊急時における患者さんの状態把握、家族や関係職種との連携、医師間の相談などに活用されることが想定されます。
2. 診療報酬上の位置づけ
現在の診療報酬体系において、訪問診療や往診自体は原則として対面診療に基づき算定されます。遠隔医療を活用して患者さんの状態を確認したり、多職種と連携したりする行為そのものに対する診療報酬上の直接的な評価は、限定的なケースを除き、明確に規定されていないことが多いです。
ただし、オンライン指針において、情報通信機器を用いた診療は「初診」と「再診」に区分され、それぞれ算定可能な点数(オンライン診療料など)が定められています。訪問診療の計画を立てる上での事前の患者さんとの情報共有や、定期訪問後の状態変化への対応など、一部の行為がこれらのオンライン診療の要件を満たす場合には、所定の点数を算定できる可能性もあります。重要なのは、遠隔医療単独で行う行為が、既存の対面診療の診療報酬点数(往診料や在宅時医学総合管理料など)の算定要件を直接満たすものではない、という点を理解することです。遠隔医療の活用が、対面診療の質向上や効率化に繋がり、結果として算定される診療報酬の根拠となる対面診療を適切に行えるようにするという補助的な役割を担うものと考えるのが現実的です。
今後、訪問診療分野における遠隔医療の活用状況に応じて、診療報酬上の評価が見直される可能性も考えられますが、現時点ではオンライン指針や診療報酬の告示・通知を正確に理解し、不適切な算定を行わないよう注意が必要です。
訪問診療・往診における遠隔医療の具体的な活用シーンと実務上の留意点
遠隔医療は、訪問診療や往診の様々な場面で有効活用できる可能性があります。それぞれのシーンでどのような実務上の留意点があるかを見ていきましょう。
1. 定期訪問間の健康状態把握
- 活用シーン: 定期的な対面訪問と次の訪問までの間、患者さんの健康状態に変化がないか、バイタルデータなどに異常がないかなどを、患者さんやご家族、あるいは訪問看護師等を通じて遠隔で確認します。ウェアラブルデバイスやIoT機器から収集したデータを連携させることも考えられます。
- 実務上の留意点:
- 患者・家族の同意: 事前に遠隔での情報確認について、患者さんやご家族に十分説明し、同意を得る必要があります。
- 情報連携体制: 訪問看護ステーションやケアマネ事業所など、連携する多職種との間で、どのような情報を、どのタイミングで、どのような方法(電話、チャットツール、医療連携システム等)で共有するか、明確なルールを定めておく必要があります。
- 異常時の対応計画: 遠隔での情報確認により状態変化を察知した場合の緊急対応プロトコル(誰に連絡するか、往診の要否判断基準など)を事前に定めておくことが重要です。
2. 緊急時対応の支援
- 活用シーン: 患者さんの容体が急変した際などに、患者さん宅にいるご家族や訪問看護師等から、情報通信機器(ビデオ通話など)を通じてリアルタイムに状況を把握し、電話での指示出しや往診の要否を判断する際の補助とします。
- 実務上の留意点:
- 診断行為の限界: 遠隔での情報のみに基づき確定的な診断や処方を行うことは、診断能力に限界があるため慎重に行う必要があります。オンライン指針では、触診、聴診、打診等ができない点を踏まえ、対面診療に劣らない情報が得られるか吟味することを求めています。
- 通信環境の確保: 緊急時に安定した通信ができるよう、患者さん宅の通信環境や使用する情報通信機器の確認が必要です。
- 責任の所在: 遠隔での指示により生じた結果に対する責任の所在について、関係者間で事前に確認しておくことが望ましいでしょう。
3. 多職種連携の効率化
- 活用シーン: 患者さんのケアプラン作成や情報共有のためのカンファレンスを、情報通信機器を用いて実施します。医師、看護師、薬剤師、ケアマネジャー、理学療法士などがそれぞれの事業所や自宅から参加することで、移動時間やコストを削減し、参加者の負担を軽減できます。
- 実務上の留意点:
- セキュリティ: 患者さんの個人情報を含む情報を扱うため、情報通信機器やサービス選定にあたっては、医療情報ガイドラインに準拠したセキュリティ対策が講じられているか確認が必要です。
- 参加者のITリテラシー: 関係職種間で情報通信機器の操作方法や利用ルールの理解に差がある場合、事前に研修等を実施し、スムーズな連携ができるように配慮が必要です。
- 議事録作成: 遠隔でのカンファレンスでも、対面と同様に議事録を作成し、参加者間で共有することが重要です。
4. 医師間の連携(後方病院等との連携)
- 活用シーン: 訪問先で患者さんの状態について、後方支援病院の専門医に画像データ等を共有しながら相談したり、入院の必要性を判断する際に情報通信機器を活用したりします。
- 実務上の留意点:
- 情報共有システムの互換性: 連携する医療機関との間で、安全かつ円滑に医療情報を共有できるシステムやプロトコルを事前に確立しておく必要があります。
- 紹介・逆紹介の手続き: 遠隔での情報共有を経て入院や専門医への紹介が必要となった場合、スムーズな手続きが行えるよう、連携病院との間で連携パスなどを整備しておくことが望ましいでしょう。
5. 患者・家族への指導・相談
- 活用シーン: 定期訪問時以外のタイミングで、疾患管理に関する指導、服薬指導、医療機器(酸素療法、人工呼吸器等)の操作方法に関する説明、介護に関する相談などを遠隔で行います。
- 実務上の留意点:
- 理解度の確認: 患者さんやご家族が遠隔での説明内容を十分に理解しているか、対面時以上に丁寧に確認する必要があります。必要に応じて、資料を事前に送付したり、画面共有機能を活用したりするなどの工夫が求められます。
- 実施環境: 患者さん宅の通信環境だけでなく、プライバシーが確保される場所で実施できるか確認が必要です。
法規制とセキュリティ対策の再確認
訪問診療・往診における遠隔医療活用においても、医療情報に関する法規制やガイドラインを遵守する必要があります。特に以下の点に留意してください。
- 個人情報保護法と医療情報ガイドライン: 患者さんの機微情報を取り扱うため、個人情報保護法や医療情報システムの安全管理に関するガイドラインに基づいた適切なセキュリティ対策(アクセス制限、暗号化、ログ管理など)を講じる必要があります。特に、医師や連携スタッフが持ち運ぶ携帯端末等の管理には十分注意が必要です。
- 患者同意: 遠隔医療を実施する際は、その方法、メリット・デメリット、起こりうるリスク、費用等について患者さんまたはご家族に丁寧に説明し、同意を得ることが義務付けられています。訪問診療の初期段階で、遠隔医療を活用する可能性についても説明しておくとスムーズです。
- 診療録の記載: 遠隔医療による情報確認や連携内容についても、診療の一環として診療録に適切に記載する必要があります。具体的に誰と、いつ、どのような方法で、どのような内容の情報共有や指示を行ったかを記録に残してください。
導入・運用のためのポイント
遠隔医療を訪問診療・往診に効果的に導入・運用するためには、以下の点を検討することが推奨されます。
- 必要な機器・通信環境: 安定した通信が可能なスマートフォン、タブレット、PCなどの情報通信機器を選定します。患者さん宅の通信環境が不十分な場合に備え、モバイルルーターなどを活用することも検討できます。
- スタッフ教育: 医師だけでなく、看護師、医療事務スタッフ、連携する多職種に対しても、使用する情報通信機器の操作方法、システムの使い方、患者対応の基本、セキュリティに関する注意点などの研修を実施することが重要です。
- 患者・家族への説明と理解促進: 遠隔医療がなぜ必要か、どのような場合に利用するか、利用方法などを丁寧に説明し、患者さんやご家族の不安を解消し、協力を得られるように努めます。必要であれば、操作マニュアルなどを準備することも有効です。
- 費用負担: 遠隔医療に係るシステム利用料や通信費などのコストを誰が負担するか、事前に整理しておく必要があります。患者さん側の通信費についても、説明の中で触れておくと親切です。
まとめ
訪問診療・往診における遠隔医療の活用は、定期訪問間の継続的なケア、緊急時対応の支援、多職種連携の効率化など、在宅医療の質と効率を向上させる大きな可能性を秘めています。しかし、その実施にあたっては、現行の法規制やオンライン指針を正確に理解し、セキュリティ対策を万全に行い、患者さんやご家族、そして連携する多職種との間で十分な情報共有と合意形成を行うことが不可欠です。
本記事が、訪問診療・往診に遠隔医療の導入・活用を検討されている医療従事者の皆様にとって、安全かつ円滑な実務を進めるための一助となれば幸いです。常に最新の情報を確認し、適切に遠隔医療をご活用ください。