遠隔医療における診療録作成の実務:法規遵守のためのガイドライン
遠隔医療の普及に伴い、診療録の作成においても対面診療とは異なる特有の留意点が生じています。診療録は、患者さんの診療経過や診断、治療方針を記録するだけでなく、医療従事者間の情報共有、保険請求、そして将来的な医療訴訟等における証拠としての重要な役割を果たします。
本稿では、遠隔医療における診療録作成について、法的な要件を踏まえつつ、クリニックでの実務において遵守すべき点や具体的な記載方法について解説します。
遠隔医療における診療録作成の法的根拠と重要性
医療法第25条および医師法第24条に基づき、医師は診療に関する事項を遅滞なく診療録に記載し、一定期間これを保存することが義務付けられています。この義務は、対面診療だけでなく遠隔医療においても同様に適用されます。
遠隔医療における診療録は、以下の点で特に重要となります。
- 医療の質の確保と安全性の向上: 診察時の状況、患者さんの訴え、所見、診断、治療方針、処方内容などを正確に記録することで、他の医療従事者との連携や継続的な診療に役立ちます。
- 説明責任と同意の証明: 患者さんへの説明内容、理解度、同意の有無などを記録することで、説明責任を果たしたことの証拠となります。特に遠隔医療では、通信状況や非言語的情報の制約があるため、説明・同意プロセスを丁寧に記録することが重要です。
- 法的リスクの低減: 医療事故やトラブルが発生した場合、診療録は医療行為の適切性を判断するための重要な資料となります。遠隔医療特有のリスク(通信不良、機器の不具合、診察の限界など)を適切に記録することで、説明責任を果たし、クリニックを保護することにつながります。
- 保険請求の根拠: 保険診療として遠隔医療を実施した場合、診療録は診療報酬請求の根拠となります。必要な記載事項が漏れていると、請求が認められない可能性があります。
また、電子カルテ(電磁的記録による診療録)に関しては、厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」において、真正性(故意または過失による虚偽入力、書き換え、消去及び混同の防止)、見読性(権限のある者が使用する端末等で、必要な時にいつでも診療内容を確認できること)、保存性(法令に定められた期間、復元可能な状態で保存されること)の確保が求められています。遠隔医療システムや連携する電子カルテシステムを選定・運用する際は、これらの要件を満たしているか確認が必要です。
遠隔医療の診療録に記載すべき事項
医師法第24条に定められる診療録の記載事項に加え、遠隔医療特有の状況を正確に反映させるための事項を記載することが推奨されます。
基本的な記載事項は以下の通りです(対面診療と同様)。
- 患者さんの氏名、生年月日、性別
- 病名、主要症状
- 既往歴、家族歴、現病歴
- 診察(視診、聴診、打診、触診など)による所見(遠隔医療では可能な範囲での所見)
- 検査結果
- 診断
- 治療方法、処方内容(薬剤名、用量、用法)
- 指示事項(生活指導、次回受診指示など)
- 診療日、診療時間
- 担当医師名
加えて、遠隔医療において特に留意して記載すべき事項は以下の通りです。
- 診療方法: オンライン診療か、電話診療か、などの具体的な方法を記載します。
- 使用したシステム・機器: 診療に用いたシステム名(例: ○○社のオンライン診療システム)や通信機器(例: スマートフォン、PC)を記載すると、後々の検証に役立つ場合があります。
- 通信環境: 通信が安定していたか、音声や映像に途切れがあったかなど、診療の質に影響しうる通信状況を記載します。
- 診察時の所見の限界: 遠隔医療では対面診療と比較して得られる情報に制約があります。視診や問診で得られた情報に加え、「聴診は困難であった」「触診は実施せず問診による情報のみ」など、遠隔医療であることによる診察上の限界や、それに基づき判断した旨を記載することが望ましいです。
- 患者さん宅の状況等: 患者さんが自宅で受診している場合、診察に影響を与えうる周囲の状況(例: 同席者の有無、騒音、照明)や、患者さんの機器操作習熟度などを必要に応じて記載します。
- 指示内容の伝達確認: 指示内容(薬剤の飲み方、次回の予約方法など)が患者さんに正確に伝わったかを確認した旨や、重要な指示を改めて文書等で送付した旨などを記載します。
- 次回診療計画: 次回を遠隔で行うか対面で行うか、検査の要否など、今後の診療計画を具体的に記載します。対面診療への切り替えを推奨した場合は、その理由も記載します。
- 同意取得に関する事項: 遠隔医療の同意(診療に関する同意、システム利用に関する同意など)を得た日時、方法(口頭、書面、システム上のチェック等)、同意内容の概要などを記載します。
実務上の注意点と効率化
遠隔医療における診療録作成を正確かつ効率的に行うための実務上の注意点を以下に示します。
- 記録のタイミング: 診療後、速やかに記録を作成することが最も重要です。記憶が鮮明なうちに記録することで、正確性が向上します。診療と同時に電子カルテに入力することも可能ですが、患者さんとの対話がおろそかにならないよう注意が必要です。
- テンプレートの活用: 遠隔医療特有の記載事項(診療方法、使用システム、通信環境など)や、疾患ごとの定型的な記載事項についてテンプレートを用意しておくと、記載漏れを防ぎつつ効率化できます。ただし、個別の患者さんの状態に合わせて加筆・修正を怠らないようにしてください。
- システム連携の確認: 遠隔医療システムと電子カルテシステムを連携させている場合、患者情報、予約情報、診療日時などが正確に自動連携されているか、手入力が必要な事項は何かを確認し、運用手順を定めます。
- 多職種連携・多施設連携の場合: 連携先の医療機関や職種(例: 訪問看護師、薬剤師)との情報共有の履歴や、連携によって得られた情報を診療録に適切に反映させるためのルールを明確にします。
- 保険診療点数算定との紐付け: 遠隔医療に関連する点数を算定する場合、診療録に記載された内容がその算定要件を満たしているか確認します。例えば、特定の加算を算定するための要件を満たす説明や指導を行った場合は、その内容を具体的に記載します。
- 音声・映像記録の扱い: 遠隔医療システムによっては、診療の音声や映像を記録する機能を持つものがあります。これらの記録は診療録そのものではありませんが、診療内容の補完資料として活用できる場合があります。ただし、患者さんの同意なしに記録することはプライバシー侵害にあたる可能性があり、記録の保存期間や取り扱いについても、個人情報保護法や医療情報ガイドラインに基づき適切に管理する必要があります。診療録とは別に、これらの記録の有無や保存場所などを診療録に付記しておくことも考えられます。
- 患者さんからの情報提供: 患者さんから画像データや測定データなどが提供された場合、その内容、提供方法、診療への反映状況などを記録します。
まとめ
遠隔医療における診療録作成は、対面診療と同様に法的な義務であり、正確かつ詳細な記載が求められます。遠隔医療特有の状況を適切に記録することは、医療の質と安全性を確保し、将来的な法的リスクを低減するために不可欠です。
本稿で解説したポイントを参考に、日々の診療において適切かつ効率的な診療録作成を実践し、安心して遠隔医療を提供できる体制を構築してください。システム改修や法改正の動向にも注意を払い、診療録作成に関する院内ルールや手順を定期的に見直すことを推奨します。