遠隔医療における個人情報保護法と医療情報ガイドライン遵守の実務
遠隔医療の普及に伴い、患者様の個人情報保護は医療機関にとって喫緊の課題となっています。特にオンラインでの診療や情報連携においては、従来の対面診療とは異なるリスクが存在し、関連法規やガイドラインへの正確な理解と遵守が不可欠です。
本記事では、遠隔医療を実施する上で遵守すべき個人情報保護法および厚生労働省が定める医療情報システムの安全管理に関するガイドラインを中心に、医療従事者の皆様が実務で直面する可能性のある具体的な課題と対応策について解説いたします。
遠隔医療と個人情報保護の重要性
遠隔医療では、音声、映像、テキストによる診療情報の他、問診情報、検査結果、処方情報などが電子的にやり取りされます。これらの情報は、きわめて機微な個人情報(要配慮個人情報)であり、ひとたび漏洩や不正利用が発生すれば、患者様のプライバシー侵害にとどまらず、医療機関への信頼失墜、法的責任追及といった重大な結果を招く可能性があります。
医療機関には、これらの個人情報を安全に管理し、患者様の権利利益を保護する強い義務があります。
遵守すべき主な法規制・ガイドライン
遠隔医療における個人情報保護に関連する主な法規制やガイドラインは以下の通りです。
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個人情報保護法:
- 個人情報を取り扱うすべての事業者(医療機関を含む)に適用される基本法です。
- 個人情報の取得、利用、提供、保管、削除に関する原則や、安全管理のために講ずべき措置などが定められています。
- 特に、要配慮個人情報(病歴、診療記録など)の取得には原則として本人の同意が必要です。
- 漏洩等が発生した場合の報告義務や本人への通知義務も規定されています。
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医療情報システムの安全管理に関するガイドライン(厚生労働省):
- 医療機関が取り扱う医療情報システムの安全管理について、より具体的な基準を示すものです。
- 医療情報システムの特性を踏まえ、技術的対策、組織的対策、物理的対策、人的対策といった多角的な観点からの安全管理措置が示されています。
- クラウドサービスを利用する場合の留意点や、外部委託に関する規定なども含まれます。最新のガイドライン(第6版など)を参照することが重要です。
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オンライン診療の適切な実施に関する指針(厚生労働省):
- オンライン診療を安全かつ適切に実施するための具体的なルールを定めたものです。
- 本人確認の方法、診療の質の確保、多職種・多機関連携、そして情報通信技術の安全性の確保についても言及されており、関連する安全管理措置に影響を与えます。
これらの法規制やガイドラインは相互に関連しており、遠隔医療を適切に実施するためには、全体像を理解し、自院の状況に合わせた具体的な対策を講じる必要があります。
実務で対応すべき安全管理措置
医療情報システムの安全管理に関するガイドラインでは、管理責任者の設置、規程類の整備、従業者への教育、技術的な安全管理措置などが求められています。遠隔医療の実務で特に重要となるポイントをいくつかご紹介します。
1. 組織的対策
- 責任体制の明確化: 遠隔医療を含む医療情報全体の安全管理について責任者を定め、担当部署や担当者を明確にします。
- 規程類の整備: 個人情報取扱規程、情報セキュリティポリシー、遠隔医療実施規程などを策定し、職員全体に周知徹底します。規程には、個人情報の種類、利用目的、取得方法、保管場所、アクセス権限、廃棄方法などを具体的に定めます。
- 従業者への教育: 定期的に、個人情報保護や情報セキュリティに関する研修を実施します。特に、遠隔医療のツールや運用方法に関する安全上の注意点について、すべての関連職員が理解している状態を保つことが重要です。
- 委託先の管理: オンライン診療システム提供事業者やデータ保管を委託する事業者などが、ガイドラインに沿った安全管理措置を講じているか確認し、契約内容に盛り込むなど、適切な監督を行います。
2. 人的対策
- 職員一人ひとりが個人情報保護の重要性を理解し、規程を遵守する意識を持つことが基本です。
- アクセス権限を必要最小限にし、職務に応じて限定します。
- 離職時における情報持ち出し防止策を講じます。
3. 物理的対策
- 医療情報システムが設置されている場所や、患者様情報が記載された書類などが保管されている場所への部外者の立ち入りを制限します。
- 端末の盗難・紛失対策(例えば、施錠管理や持ち出しルールの設定)を講じます。
4. 技術的対策
- アクセス制御: システムへのアクセスにはID・パスワード認証を必須とし、職務に応じたアクセス権限を設定します。遠隔からのアクセスの場合、二要素認証の導入なども検討します。
- 不正アクセス対策: ファイアウォールや侵入検知システム(IDS/IPS)の導入、不正プログラム対策ソフトウェアの利用、OSやアプリケーションの適切なアップデートを行います。
- データの暗号化: 送信される情報(通信経路の暗号化 SSL/TLSなど)や、保管されている情報(保管データの暗号化)について、リスクに応じて暗号化を検討します。特に患者様との間の通信は、秘匿性の高い方法を選択する必要があります。
- ログ取得・監視: システムへのアクセスログや操作ログを取得・保管し、不審な活動がないか監視します。問題発生時の原因究明にも役立ちます。
- バックアップ: システム障害や災害に備え、定期的にデータのバックアップを取得し、安全な場所に保管します。
遠隔医療特有の注意点
- 利用するシステム・ツールの選定: 医療情報システムの安全管理に関するガイドラインやオンライン診療の適切な実施に関する指針に適合したシステムを選定します。特に、通信の暗号化、データの保管場所(国内か海外か)、システムのセキュリティ対策について、提供事業者に確認が必要です。
- 患者様とのコミュニケーション方法: オンライン診療システム以外のコミュニケーションツール(メール、一般的なチャットツールなど)で患者様の機微な情報をやり取りすることは、セキュリティリスクを伴うため推奨されません。やむを得ず利用する場合は、匿名化やパスワード保護などの対策を講じる必要があります。
- 本人確認: 不正なりすましを防ぐため、患者様の本人確認を厳格に行います。保険証の提示を求める、顔写真付き身分証を活用するなど、指針で求められる方法で確認を行います。
万が一、個人情報漏洩が発生した場合
個人情報保護法では、個人情報漏洩等が発生し個人の権利利益を害するおそれがある場合、個人情報保護委員会への報告および本人への通知が義務付けられています(個人の権利利益を害するおそれが大きい場合に限定)。
漏洩の事実を速やかに把握し、被害拡大の防止、原因究明、再発防止策の実施、そして関係機関への報告と本人への通知を適切に行うための事前の体制構築が重要です。医療情報システムの安全管理に関するガイドラインにも、インシデント発生時の対応フローが示されています。
まとめ
遠隔医療の推進と並行して、患者様の個人情報保護への取り組みを強化することは、医療機関の責務です。個人情報保護法および医療情報システムの安全管理に関するガイドラインを遵守し、組織的、人的、物理的、技術的な安全管理措置を継続的に講じることが求められます。
本記事でご紹介したポイントを参考に、自院の遠隔医療における情報管理体制を再確認し、必要な対策を実施してください。患者様が安心して遠隔医療を受けられる環境を整備することが、遠隔医療の健全な発展につながります。
ご不明な点や具体的な対応については、個人情報保護委員会のQ&Aや厚生労働省のウェブサイトをご確認いただくか、専門家にご相談されることを推奨いたします。