遠隔医療における同意撤回・途中中断の法務と実務ガイド:リスク回避と適切な対応
遠隔医療の実践において、患者さんからの同意撤回や、何らかの理由による診療の途中中断は起こりうる事態です。これらの状況に適切に対応するためには、関連する法的な留意点を理解し、あらかじめ実務上の手順を定めておくことが重要です。本記事では、遠隔医療における同意撤回と途中中断について、法務と実務の両面から解説します。
遠隔医療における同意と同意撤回
遠隔医療においても、対面診療と同様に、診療行為を行うにあたっては患者さんの同意(インフォームド・コンセント)が必要です。厚生労働省の「オンライン診療の適切な実施に関する指針」においても、オンライン診療の実施に際しては、メリット・デメリット、通信障害時の対応、情報セキュリティに関する事項などについて十分に説明し、患者さんの同意を得る必要があることが明記されています。
同意撤回の権利
患者さんは、一度与えた同意をいつでも自由に撤回する権利を有しています。これは患者さんの自己決定権に基づくものであり、遠隔医療においても変わりません。患者さんが同意を撤回した場合、その後の診療行為を強制することはできません。同意が撤回された時点以降の診療は行わないか、あるいは患者さんが再度同意するまで中断する必要があります。
同意撤回時の実務上の留意点
- 同意撤回の確認と記録: 患者さんから同意撤回の意思表示があった際は、その意思を明確に確認し、同意が撤回された日時、理由(可能な範囲で)、それに対する医療機関の対応を診療録に正確に記載することが重要です。
- 診療の中断・終了: 同意撤回後、その患者さんに対する遠隔診療は原則として中断または終了となります。今後の診療方針について、改めて対面診療を案内するなど、患者さんの状態に応じた対応を検討し、記録します。
- 費用請求: 同意撤回が発生した場合でも、それまでに提供された診療行為に対しては、原則として費用を請求することが可能です。ただし、診療が途中であった場合の費用の算定については、保険診療のルールに基づき適切に行う必要があります。算定可能な点数や解釈について、事前に確認しておくことが望ましいです。
遠隔医療における診療の途中中断
遠隔医療では、システム障害、通信不良、患者さんの急変、医師側の事情など、様々な理由で診療が意図せず中断される可能性があります。これらの状況に備え、対応プロトコルを確立しておくことが実務上不可欠です。
診療中断の主な原因と法的・実務上の留意点
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システム障害・通信不良:
- 法的留意点: 適切な通信環境やシステムを用意する責任は原則として医療機関側にあります。これらが原因で診療が適切に行えなかった場合、医療機関の責任が問われる可能性があります。
- 実務上の対応:
- 診療開始前に患者さんと通信状況を確認します。
- 中断が発生した場合の代替連絡手段(電話番号など)を事前に患者さんと共有しておきます。
- 中断発生時は速やかに患者さんに連絡を取り、状況を説明します。
- 可能な場合は、改めて接続し直すか、電話診療に切り替えるなどの代替手段で診療を継続します。
- 中断により診療が完遂できなかった場合、その旨を診療録に詳細に記載します。
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患者さん側の都合(体調不良、機器トラブル、離席など):
- 法的留意点: 患者さん側の事情による中断の場合、原則として医療機関の責任は生じません。しかし、中断によって患者さんの健康状態が悪化するリスクがある場合は、必要な対応を行う義務があります。
- 実務上の対応:
- 中断の理由を確認し、患者さんの安全を最優先に考慮します。
- 体調急変の場合は、緊急性の判断を行い、救急搬送の手配を指示するなど、必要な対応を行います。
- 機器トラブル等の場合は、解決策を助言するか、後日の再診を案内します。
- 中断が発生した経緯と対応を診療録に記録します。
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医師側の都合(急用、機器トラブルなど):
- 法的留意点: 医師側の事情による中断は、原則として医療機関の責任となります。患者さんに不利益が生じないよう、可能な限り代替手段やフォローアップを提供する必要があります。
- 実務上の対応:
- 速やかに患者さんに連絡し、中断の理由と今後の対応(改めて診療日時を設定するなど)を誠実に説明します。
- 中断により診療が完遂できなかった場合、その旨と対応を診療録に詳細に記録します。
- 患者さんの状態によっては、他の医師への引き継ぎや、対面診療の手配なども検討します。
中断時の費用請求
診療が途中中断した場合の費用請求についても、保険診療のルールに基づき判断が必要です。一般的には、診療行為が一定程度実施されていれば、その部分について算定可能な場合があります。中断理由や診療の中断時点でのプロセスによって異なるため、疑義解釈や関係団体への確認が望ましいでしょう。中断により診療が完遂できなかった場合の費用請求の可否や算定方法について、あらかじめルールを確認し、患者さんへの説明責任を果たすことが重要です。
リスク回避と実務上の対策
同意撤回や診療途中中断に関するトラブルを回避し、適切に対応するためには、以下の対策が有効です。
- 丁寧な同意説明: オンライン診療開始前に、同意説明文書を用いて、同意撤回がいつでも可能であること、同意撤回や中断が発生した場合の診療継続の可否や費用に関する取り扱い、通信障害時の代替手段などを具体的に説明し、患者さんの理解を得ておくことが最も重要です。
- 対応プロトコルの策定: システム障害、通信不良、患者さんの急変など、想定される様々な中断事由に対応するための具体的な手順(誰が、いつ、何を連絡するか、代替手段はどうするかなど)を明確にしたプロトコルを策定し、スタッフ間で共有しておきます。
- 連絡手段の確保: 遠隔診療中の音声や映像が途絶えた場合に備え、事前に患者さんの電話番号などを確認しておき、緊急連絡が取れる体制を整えておきます。
- 正確な記録: 同意撤回や診療中断が発生した場合は、その日時、経緯、原因、患者さんの状態、医療機関が取った対応、患者さんへの説明内容などを、診療録に詳細かつ正確に記録します。この記録は、万が一トラブルに発展した場合の重要な証拠となります。
- 通信環境・機器の確認: 診療開始前に、医療機関側・患者さん側双方の通信環境や使用機器に問題がないか、可能な範囲で確認を促します。
まとめ
遠隔医療における同意撤回や診療の途中中断は、その特性上発生しやすいリスクと言えます。患者さんの同意撤回の権利を尊重しつつ、予期せぬ中断が発生した場合でも、患者さんの安全を確保し、法的な問題が生じないようにするためには、事前の丁寧な説明と同意取得、明確な対応プロトコルの策定、そして正確な記録が不可欠です。これらの対策を講じることで、遠隔医療をより安全かつ円滑に実施することが可能となります。