遠隔診療における他院からの診療情報提供・活用に関する法務と実務ガイド
遠隔診療を導入・運用する上で、他の医療機関との連携は不可欠な要素の一つです。特に、患者さんが複数の医療機関を受診している場合や、専門的な治療のために紹介が必要な場合など、診療情報の適切な共有は安全で質の高い医療を提供するために極めて重要となります。
しかし、診療情報の提供や受け取りには、個人情報保護や医療連携に関する様々な法的なルールが存在し、実務上の課題も少なくありません。本稿では、遠隔診療における他院からの診療情報提供・活用に焦点を当て、その法務上の留意点と実務対応について解説いたします。
遠隔診療における診療情報提供の法務上の基本
遠隔診療において他院と診療情報を共有する場合、最も重要なのは「個人情報保護法」および厚生労働省が定める「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(以下、医療情報ガイドライン)の遵守です。患者さんの診療情報は高度な機密性を持つ個人情報であり、その提供・活用は厳格なルールに基づき行われる必要があります。
1. 患者同意の原則
診療情報の第三者への提供は、原則として患者さん本人の同意が必要となります(個人情報保護法第18条第1項、医療情報ガイドライン)。これは、紹介元として他院へ情報提供する場合も、紹介先として他院から情報を受け取る場合も同様です。
- 同意取得の方法: 同意は口頭でも有効ですが、後々のトラブルを防ぐためにも書面や電磁的記録(メール、診療システム上での同意確認など)による同意取得が推奨されます。遠隔診療の場合、システム上で同意確認画面を設ける、同意書をPDFで送付して返信してもらう、オンライン診療中に同意の意思表示を確認して記録に残す、などの方法が考えられます。
- インフォームド・コンセント: 同意を得る際には、どのような情報を、誰に、どのような目的で提供するのかを具体的に説明し、患者さんが内容を十分に理解した上で同意する「インフォームド・コンセント」の考え方が重要です。
- 同意が不要なケース: 法令に基づく場合(例:感染症法)、人の生命・身体・財産の保護のために緊急性がある場合、公衆衛生の向上や児童の健全育成の推進のために特に必要がある場合などで、本人の同意を得ることが困難なケースなど、例外的に同意が不要となる場合があります。ただし、これらの例外規定の適用には慎重な判断が必要です。
2. 提供できる情報の範囲
提供する情報の範囲は、同意の目的の範囲内に限定される必要があります。必要以上に広範な情報を提供することは避けるべきです。診療情報提供書(紹介状)に記載する内容や、共有する検査データ、画像データなどは、連携の目的(紹介、併診、セカンドオピニオンなど)に必要な範囲で厳選することが求められます。
3. 受け取り時の留意点
他院から診療情報を受け取る場合も、その情報が患者さんの同意に基づいているか、提供された情報が利用目的の範囲を超えて利用されないよう管理することが求められます。受け取った情報は適切に管理・保管し、アクセス権限を持つ職員を限定するなどの物理的・技術的な安全管理措置を講じる必要があります。
遠隔診療における診療情報提供・活用の実務対応
法的な要件を満たしつつ、円滑な情報連携を実現するためには、実務上のフロー構築が重要です。遠隔診療ならではの特性を考慮した対応が求められます。
1. 情報提供書の作成と送付
- 作成: 遠隔診療で得られた情報(オンライン問診、ビデオ診察所見、自宅測定データなど)を正確に反映した診療情報提供書を作成します。対面診療時と同様に、紹介目的、患者さんの病歴・現病歴、遠隔診療での経過、行った検査、処方内容などを具体的に記載します。
- 送付方法:
- 物理的な送付: 郵送や患者さんに手渡しなどが考えられますが、タイムラグが生じやすいのが難点です。
- FAX: 広く利用されていますが、誤送信のリスクや、情報が紙媒体であるため二次利用しにくいといった課題があります。誤送信防止のため、宛先番号の複数回確認や、内容を記載した送付状の添付などの対策が必要です。
- 電子的送付(推奨): 多くの遠隔診療システムや電子カルテシステムは、診療情報提供書をPDF化して連携医療機関に送付する機能や、地域医療連携ネットワークシステムと連携する機能を持っています。これらのシステムを利用することで、セキュリティを確保しつつ、迅速かつ正確な情報伝達が可能となります。電子署名機能を活用することで、文書の真正性を担保することも重要です。
2. 他院からの診療情報の受け取りと活用
- 受け取り方法: 物理的な送付、FAX、電子的送付など様々な方法で情報を受け取ることになります。FAXで受け取った場合は、個人情報が記載されているため、紛失・盗難等がないよう厳重に管理し、速やかに電子カルテ等に取り込むフローを確立します。
- 情報の管理・共有: 受け取った診療情報は、電子カルテシステム等で一元管理することが望ましいです。院内の関係者(医師、看護師、事務スタッフなど)が必要な情報に安全にアクセスできるよう、アクセス権限設定やID/パスワード管理を徹底します。
- 診療への反映: 受け取った情報は、遠隔診療での問診や診察に活用します。特に紹介元からの情報は、患者さんの既往歴やアレルギー、内服薬などを正確に把握するために不可欠です。情報に基づき、適切な診断や治療方針の決定に役立てます。
3. 緊急時・災害時の情報連携
緊急時や災害時においては、平時とは異なる情報連携の必要性が生じることがあります。連絡が取りにくい状況下でも、患者さんの状態に関する最低限の情報を関係機関と共有できるよう、あらかじめ連携プロトコルを定めておくことが望ましいです。地域の医師会や自治体が構築している緊急時医療情報共有システムなどがあれば、その利用方法を確認しておきましょう。
4. スタッフ教育と連携ルールの周知
遠隔診療に関わる全てのスタッフが、診療情報提供・活用の法的なルールと実務上のフローを理解していることが重要です。定期的な研修を実施し、同意取得の方法、情報の取り扱い、システム操作方法、緊急時の対応などについて周知徹底を図る必要があります。
まとめ
遠隔診療における他院からの診療情報提供・活用は、安全で質の高い医療を提供するための要です。個人情報保護法や医療情報ガイドラインを遵守し、患者さんの同意を適切に取得した上で、連携の目的に沿った必要な情報を、セキュリティが確保された方法で共有することが求められます。
遠隔診療システムや地域医療連携ネットワークを活用した電子的連携は、今後の情報共有の主流となるでしょう。自院の状況に合わせた最適な情報連携のフローを構築し、スタッフ全体でルールを共有することで、法的なリスクを低減しつつ、よりスムーズで効果的な多機関連携を実現することが可能です。
本稿が、先生方が遠隔診療における他院連携を適切に進める上での一助となれば幸いです。