遠隔診療における保険診療レセプト審査・返戻対策:適切な診療情報提供と請求の留意点
遠隔診療の普及に伴い、保険診療としての実施が増加しています。しかし、レセプト請求において、遠隔診療特有の要件や記録の不備などから審査上の課題が生じたり、返戻が発生したりするケースが見られます。適切なレセプト作成と請求は、医療機関の経営安定化だけでなく、遠隔診療の質と信頼性を維持するためにも不可欠です。
本記事では、遠隔診療における保険診療のレセプト審査と返戻を防ぐための、法規に基づいた具体的な対策と実務上の留意点について解説いたします。
遠隔診療におけるレセプト審査の現状と課題
遠隔診療は、情報通信機器を用いて行われる診療であり、その特性上、対面診療と比較して得られる情報や診療プロセスに違いが生じることがあります。レセプト審査においては、こうした遠隔診療の特性を踏まえつつ、診療報酬請求が診療行為の事実と合致しているか、診療報酬点数表や関連通知に則っているかなどが確認されます。
遠隔診療特有の審査上の課題としては、以下の点が挙げられます。
- 診療内容の適切性の判断: 視診や聴診などが限定されるため、診療の適切性をレセプト上の記載だけで判断することが難しい場合があります。
- 本人確認の確実性: 情報通信機器を用いた診療における本人確認が適切に行われているかの確認。
- 診療時間の把握: 通信状況や機器操作などにより、診療時間が不明確になりやすいケース。
- 情報通信機器に係る費用の計上: 算定可能な費用とそうでない費用の区別。
- 特定疾患管理料などの算定要件: 対面診療と同様の管理が行われているか、必要な情報提供や指導が行われているかなどの確認。
返戻が発生する主な理由
遠隔診療のレセプトで返戻が発生する主な理由としては、以下のようなものが考えられます。
- 診療要件の不備:
- 初診における要件(原則対面、例外規定)を満たしていない。
- 特定疾患管理料などの継続的な管理に必要な要件(計画書作成、定期的な検査など)を満たしていない。
- 施設基準を満たしていない、または届出が不備である。
- 診療内容・記録の不備または不足:
- 診療録(カルテ)に、遠隔診療である旨、使用した情報通信機器の種類、診療時間などが明記されていない。
- 問診や視診等で得られた情報、診断、治療方針、処方内容などの記載が不十分で、診療の適切性が判断できない。
- 患者への説明内容、同意取得の記録が不明確である。
- 請求情報の記載不備:
- レセプトの摘要欄に、情報通信機器を用いた診療であることの記載がない、または不十分である。
- 算定要件を満たさない点数を請求している。
- 対面診療と誤った点数を算定している。
- 本人確認の記録不備:
- 診療における本人確認方法やその記録が残されていない。
- 通信環境やシステムに関する問題:
- 診療報酬算定要件を満たさないシステムや通信方法(例: 電話のみで認められない診療行為)を使用している。
返戻を防ぐための具体的な対策(実務編)
返戻リスクを最小限に抑えるためには、日々の診療プロセスにおける記録の徹底と、レセプト作成時の正確性が重要です。
1. 診療録(カルテ)記載の徹底
遠隔診療ガイドラインや診療報酬関連の通知に基づき、診療録には以下の事項を正確に記載することが求められます。
- 診療日時: 開始時間と終了時間。
- 診療方法: 情報通信機器を用いた診療であること。具体的に使用したシステム(例:〇〇システム)や通信方法(例:ビデオ通話)を記載。
- 通信環境: 患者の状況(例:自宅、施設)、通信状況(例:安定していた)など、診療に影響しうる情報。
- 本人確認: 患者の本人確認をどのように行ったか(例:氏名、生年月日を声に出して確認、保険証の画像確認など)を記載。
- 診療内容:
- 主訴、既往歴、現病歴、問診内容。
- 視診等、遠隔で得られた所見(例:顔色、表情、皮膚の状態、会話の内容など)。
- 対面診療と同等レベルの情報が得られるよう努めた過程や代替方法(例:患者に患部を映してもらう、家族に協力を依頼するなど)の記録。
- 診断、治療方針、処方内容。
- 患者への説明内容(病状、治療、処方、次回受診、緊急時の対応方法、遠隔診療の限界性など)。
- 患者または家族からの同意取得の記録(診療実施、処方、個人情報利用など)。
2. 診療プロセスの標準化と患者への事前準備依頼
遠隔診療の質を確保し、記録漏れを防ぐため、院内で標準的な診療プロセスを定めます。
- チェックリストの活用: 診療前、診療中、診療後に確認すべき項目をリスト化し、記録を徹底します。
- 患者への事前準備依頼: 患者に対し、安定した通信環境の確保、静かな場所での受診、保険証の準備、必要に応じて体温計や血圧計の準備などを事前に依頼します。これにより、診療に必要な情報が不足するリスクを減らします。
- 同意取得の確実化: 事前に同意説明文書を送付し、内容を確認してもらった上で、遠隔診療開始前に口頭またはシステム上で同意を取得します。同意取得の記録は診療録に必ず記載します。
3. 診療報酬点数表・関連通知の正確な理解と遵守
遠隔診療に関する診療報酬点数や算定要件は、定期的に改定される可能性があります。厚生労働省や関係団体からの最新の通知、ガイドラインを常に確認し、正確に理解することが不可欠です。
- 対象疾患や対象患者の要件: 特定疾患管理料など、遠隔診療での算定が認められる対象疾患や患者の状態に関する要件を確認します。
- 初診に関する例外規定: 情報通信機器を用いた初診が認められる特定のケース(例:新型コロナウイルス感染症に係る特例)について、その要件を正確に把握します。
- 施設基準: 遠隔診療に係る施設基準がある場合は、その届出状況を確認します。
- 情報通信機器に係る費用: 算定可能な情報通信機器の運用に関する費用と、そうでないもの(例:患者側の通信費など)を区別します。
4. レセプト作成・請求時の留意点
レセプト作成時には、特に以下の点に注意が必要です。
- 摘要欄への記載: 情報通信機器を用いた診療を行った場合は、診療報酬点数表の記載要領に基づき、レセプトの摘要欄に「情報通信機器を用いた診療」である旨を記載します。必要な場合は、診療時間などの付記も行います。
- 正確な点数算定: 対面診療と遠隔診療で点数が異なる場合があるため、正確な点数を算定します。特定疾患管理料など、特定の管理料を算定する場合は、要件を満たしていることを診療録で確認し、摘要欄に計画書作成日などの必要事項を記載します。
- 混合診療の回避: 保険診療と自費診療を同時に行う混合診療は原則禁止されています。遠隔診療で保険適用外のサービスを提供する場合は、明確に区別し、混合診療とならないよう注意が必要です。
返戻が発生した場合の対応
万が一、レセプトが返戻された場合は、速やかにその理由を確認し、適切に対応することが重要です。
- 返戻理由の確認: 支払基金や国保連合会から送付される返戻通知書を確認し、具体的な返戻理由を特定します。
- 診療記録との照合: 返戻理由と、該当する診療日の診療録を照合し、記載漏れや不備がなかったかを確認します。
- 修正・再請求: 返戻理由に基づき、レセプトを修正します。診療録の記載が不足している場合は、速やかに追記(追記である旨を明記して行う)を行い、修正後のレセプトを再請求します。返戻理由に疑問がある場合は、支払基金等に照会することも可能です。
- 院内プロセスの見直し: 返戻が頻繁に発生する場合は、診療プロセスやレセプト作成・確認プロセスに課題がある可能性があります。原因を分析し、院内での情報共有や手順の見直しを行います。
まとめ
遠隔診療におけるレセプト審査・返戻対策は、正確な診療記録の作成と、最新の診療報酬関連情報の継続的な学習にかかっています。日々の診療において、遠隔診療の特性を踏まえた丁寧な情報収集と記録を心がけ、レセプト作成時には関連通知に沿った正確な記載を行うことが、返戻リスクを低減し、円滑な保険請求を実現する鍵となります。
本記事が、先生方が自信を持って遠隔診療を保険適用で実施するための一助となれば幸いです。